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十字架の見えるテラスから(133)

8月13日 説教要旨 「目を何処に」

アモス書5:24   ルカによる福音書10:25~37 

 

シンプルな物語

 今朝の物語は、前半と30節から始まる後半に分けられます。最後の結びは「行って、あなたも同じようにしなさい」37節です。英語の聖書ではGo and do と非常にシンプルで、何も難しく考える必要がないことがわかります。わたしたちは、普段あまり難しく考えすぎてはいないでしょうか。相手の本意を探ろうとしたり、気を回しすぎて疲れてしまうことがあります。この物語は実に単純です。神さまに従う道はとてもシンプルです。わたしたちはシンプルに生きて良いのです。  

 

不自由な生き方

 前半の律法の専門家は、主イエスを「試そう」25節とします。「試す」は、マタイ4:7の荒野の誘惑で出てくる言葉です。悪魔が主イエスを試そうとする、その場面です。試すとは悪魔的で、健全な精神状態とはいえません。それは続く29節「正当化」に現れます。彼はいつも自己を守らなければいけません。それは大変不自由な生き方です。主イエスは彼に「あなたは、それをどう読んでいるか」と訪ねます。他の誰でもなく、あなたは?と彼に向き合います。

 

近くあるということ

 後半から良いサマリア人の例え話が始まります。通りかかった3人のうち、2人はいずれもユダヤ教の宗教家です。彼らは「向こう側」31、32節を通ります。一方、宗教家たちから蔑まれていたサマリア人は苦しむ者に「近寄」34節ります。「わたしの隣人とはだれですか」29節の問の答えを、隣人とは、苦しむ者に近づくことだと主はおっしゃいます。避けたり、距離を置くのではなく、共に生きることです。人生は、難しく考える必要がありません。ただシンプルに寄り添って生きる、それだけで人生は豊かで素晴らしいものになります。