牧師エッセー

牧師エッセー · 4月 26日, 2024年
日曜日に可愛い女の子と庭へ行きました。 緑の裏返ってしまっているのは昔使っていたカエルの形をした砂場です。残念ながら、蓋が壊れてしまって、今は使えません。そこに乗ったウサギの置物に女の子が挨拶をしていました。何をしても可愛い姿に心も癒されます。「うさぎさん、こんにちは!」喋り始めたころの可愛い声で言ってくれました。
牧師エッセー · 4月 26日, 2024年
創世記2:18 ガラテヤ信徒への手紙4:8~20 「この友の姿」 「途方に暮れる」 パウロは「あなたがたのことで途方に暮れている」(:20)と言い ます。「途方に・・」の語は、道を失うと言う意味です。解決の見え ない困惑した様子を意味します。パウロは優れた知識を持つ人物でし た。けれども、ここでは解決策が見出せないままでいます。人生には...
牧師エッセー · 4月 19日, 2024年
綺麗な青い空を見ることができる日々が続いています。 青い空を見ると、もう少し頑張れるという気持ちになります。自然から届けられるメッセージは、私たちの心と体を強めます。礼拝堂の上に広がる青い空は、神様の広さを感じます。神様が守っていてくださる場所は、私たちが思う以上に広く高く深いのです。
牧師エッセー · 4月 19日, 2024年
ホセア書2:1~3 ガラテヤ信徒への手紙4:1~7 「神の子とされて」 「神の子」という言葉 「神の子」という表現は、旧約聖書では8回しか出てこないのに、 新約聖書では64回も出てきます。この多くは、イエス・キリストに向 けて語られますが、なかには私たちに向けて語られる時もあります。...
牧師エッセー · 4月 12日, 2024年
三ヶ月ごとに大きい看板に聖句を書いていただいています。今回は、イースターの場面から選びました。エマオへの道でイエス様とは知らずに二人の弟子達がイエス様と一緒に歩き、パンを一緒に食べた時に目が開き、イエス様だと分かった場面です。彼らは互いに「心が燃えていたではないか」と言い合います。今、私たちは心が燃えるような思いを持つことがあるでしょうか。神様のお言葉を聞いて、神様は目には見えないけれど、確かにおられ、自分と共に歩んでくださると気が付くとき、私は「心が燃えている」と感じることがあります。それは本当に生きていてよかったと思う瞬間でもあります。
牧師エッセー · 4月 12日, 2024年
エゼキエル記37:15~23 ガラテヤ信徒への手紙3:21~29 「一つの神の民」 一致のしるし 今朝のみことばに「そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もな く、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがた は皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。」(28節)と記さ...
牧師エッセー · 4月 03日, 2024年
イースターおめでとうございます!日曜日は、イースター礼拝でした。いつもより多くの皆さんが集って、イエス様のご復活をお祝いしました。小さな子ども達がたくさん集って、庭に隠された卵を見つけて、大事そうに持って歩いていました。
牧師エッセー · 4月 03日, 2024年
出エジプト記12:37~42 ガラテヤ信徒への手紙3:15~20 「ひとりで立つ神」 希望のありか...
牧師エッセー · 3月 27日, 2024年
先日、中高生と一緒に横須賀ツアーに行ってきました。中高生の卒業、進級お祝いとして行いました。当日は朝から激しい雨でしたが、横須賀学院、横須賀小川町教会、海軍カレー、軍艦ツアーに参加して横須賀を満喫しました。その中でも、横須賀学院と横須賀小川町教会に寄って、それぞれの先生方とお交わりができたことは何よりの時間でした。横須賀小川町教会の礼拝堂前面は、黒いステンレスで出来ていました。電気をつけると波の形の光が浮かび上がります。寺田先生が、ペトロがガリラヤ湖のみずの上を歩き、沈みかけてイエス様に助けていただく場面の聖書箇所を読んで下さいました。聖書を読み、先生のお話しを聞き、讃美歌を歌った時間は、短くても中高生の思い出に暖かい時間として心に残ったと思います。
牧師エッセー · 3月 27日, 2024年
3月24日 説教要旨「十字架のもとに」イザヤ書25:4~5 コロサイの信徒への手紙1:18~23...

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