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十字架の見えるテラスから(155)

10月26日 説教要旨 「小羊をばほめたたえよ」

イザヤ書53:6~8   ヨハネの黙示録5:11~14

讃美歌358番1節「小羊をばほめたたえよ!妙なる歌声天に満ちて。神の民よ、恵みの主に栄えの冠をささげ歌わん。」ここで歌われている小羊は、ヨハネの黙示録に5章に登場する屠られた小羊です。屠られた小羊とは、十字架におかかりになり、復活されたイエス様を表しています。神の民は時代を越えて小羊をほめたたえます。

2節「主なるイエスをほめたたえよ!我らの苦しみ負いしイエスを。十字架の血の救いの主に栄えの冠をささげ歌わん。」十字架は、見せしめのための最も苦しい、最も低くされた者が架けられる場所です。誰もそこに救いを見出すことはできません。しかし、イエス様が十字架にかかって下さったことにより、十字架は命への道となりました。そのことを心から感謝して、私たちはこの方に栄えの冠をささげて歌います。

3節「いのちの主をほめたたえよ!死をほろぼしたる力の主を。神の民よ、復活の主に栄えの冠をささげ歌わん。」十字架によって、イエス様は私たちに新しい命を与えてくださいました。十字架によってご自分の命をささげ、私たちの罪を洗い流してくださいました。しかし、死がなくなったわけではありません。私たちはやがて死を迎えます。死の意味が変わりました。イエス様が共にいて神の国へと導いてくださる死を私たちは迎えることになるのです。

「王なるイエスをほめたたえよ。すべてを治める支配の主を。とわにいます。平和の主に栄えの冠をささげ歌わん。」私たちは、誰によって支配される存在でしょうか。国を治める者によって翻弄される民がいます。目の前にある戦いや人々の苦しみに心を痛める日々です。しかし、本当に私たちを支配してくださるのは主なる神です。

 戦いに強いもの、武器をたくさん持っている者が勝つ世界であるならば、弱い者はどうやって生きていけば良いのでしょうか。最も低くなって下さった方こそ真の平和の主となってくださる方です。この方を信じて歩んでいきましょう。